「お金のはなし」4回目です。今回は、寄付について 個人的な意見をつづります。
皆さんは寄付や献金をされたことはありますか? 小中学生の頃、赤い羽根共同募金の封筒が学校で配られ、そこに10円や100円を入れたという経験がある方もいらっしゃるかもしれません。新年の初詣でお賽銭箱にお金を投じられた経験など、誰でも人生のどこかで一度くらい「お金を捧げる」という行動をされたことがあると思います。今日は、もう少し、捧げる金額をあげてみませんか、という話です。
離婚をしてすぐの頃、借金を背負って新生活をスタートさせた私を心配し、フードバンクを紹介してくれた知人がいます。2度ほど利用させてもらいました。賞味期限切れ間近の有名スーパーのパンやレトルト食品などを大きな袋に詰めて持ち帰る道中、「こんな姿、結婚を祝ってくれた友人たちには見られたくないな…」支援物資にはありがたいと思いつつ、自分に対する情けなさが入り混じった複雑な心境でした。
「もう人生で、お金の苦労はしたくない」「残りの人生を生き抜くだけの、生きる知恵がほしい」との強い決心がわき、それが自分の原動力となって現在に至っています。
その後、借金を完済し、貯金ができるようになり始めた時に私はこのように考えました。
「『将来お金がたまったら寄付をしよう』といった目標を立てると、恐らくいつまで経っても寄付をすることをためらうようになってしまう。それなら、今年から寄付を始めたほうがいいんじゃないか」、と。
そこで、マイナス生活からプラスマイナスゼロ地点に到達した年に、3,000円をあしなが育英会に寄付しました。
親がいない子どもが最も苦労するのが社会人になるまでの学費です。自分自身も高校生の頃、一度は親の経済問題で大学進学をあきらめた経験があるので、学費の困窮問題については他人事と思えず、寄付先として最初に浮かんだのがそこでした。たった3,000円で何の助けになるのか、と言われるかもしれませんが、それがその年の自分が気持ちよく捧げられる金額でしたし、何もやらないよりもひとつでも行動できればよしと考えました。
また、もしかすると自分が病気や事故で突然死ぬようなことがあれば、自分の子どもが支援を必要とする側に回る可能性もゼロではないことを考えると、よその子どもの支援は自分の子どもの支援に等しい とも感じました。
今の私には幸い仕事があり、屋根があり、今日食べるご飯がある。東日本大震災の後、親を失った子どもの学費を全額支援するという取り組みが多方面で生まれたことを聞いた時も、本当によいことだと感動したのですが、私も余裕ができたらしよう、といった思いで未来に行動を先延ばしをするのではなく、自分の余剰資金の一部を今困っている第三者にわずかでも活用してもらうほうがはるかに有効だと考えました。
そうして毎年、本当にわずかな金額ですが若者の教育に関連したところに寄付を続けています。自分の人生も年々好転していき、貯蓄も増え、生きる自信も少しずつ増えていきました。
自分の老後までを考えるとまだまだ経済は潤沢とは言えないので、数十年後にまた困窮して人から助けてもらうような未来にならないように全額保持しておくべきものかもしれませんが、一生懸命かき集めても貧しくなる人もいれば、人に与えてより裕福になっていく人もいる と言われるように、今ここから自分にできる範囲で与えていく人生を選ぶ、ということが、未来をもっとよりよいものにしていけるのではないかと思っています。何より、自分でも与えることができているということが自分の心を豊かな気持にしてくれることを実感。つまり、与えることを通して得ているものが多いことがわかったのです。
寄付の選択肢は無数にあります。社会に多種多様にある活動団体に関心を寄せ、応援の意味をこめて周囲に目を向けてみるのもよいと思います。知人に里親になって数名の養子縁組をされた人もいますが、そこまででなくても、親のいないお子さんの支援団体に教育資金を寄付をすることは、そのお子さんの人生の一部をわずかでも支援することと同義 ではないかと思います。巡り巡ってそのお子さんが必要な勉学を終えて社会で働いてくれることは自分の暮らす社会に還元されていくと思います。企業経営者や富裕層の方がされている寄付の金額とは程遠いものであっても、縁あって自分のところにやってきたお金の一部を少額でも感謝して社会にまわすということを経験する意義は大きいと私は思います。
お金は貯めるよりも使うことが難しいという言葉を時々聞きますが、小さな金額から寄付をはじめていくことは、上手にお金を使う練習にもなる と思います。現在の私の寄付額は、わずかな余裕の中から生まれた余剰の一部にしかすぎませんが、いつかもっともっと余裕ができたときには惜しみなく大きな額を捧げることができるようになろうと、今から捧げる訓練をしているのです。